いのちのとりで裁判名古屋高裁判決と武見厚生労働大臣の発言(2024.1.25 森岡 佑貴会員)
1 司法は生きていた。
生活扶助費を2013年から段階的に引下げ、生活保護利用者に最低限度に満たない生活状況を強いたとして、全国29都道府県で30の裁判が提起されている事件において、2023年11月30日、名古屋高等裁判所の長谷川恭弘裁判長は、一審の判断と異なり、国が行った引下げは違法であり、取り消すと共に、原告らに対し、全国初となる慰謝料を支払うよう命じる判決も下しました(以下、「本判決」と言います。)。
本裁判をめぐっては、全国22の地方裁判所と大阪高等裁判所で既に判決が出ており、12の地裁で処分の取消しが認められ、10の地域で原告らの請求を棄却する判決がなされており、大阪高等裁判所では、一審では、処分の取消しが認められていたところから、原告らの請求を棄却する判決がなされており、続く、2つ目の高等裁判所での判決ということもあり、非常に注目を集めていました。
2 本判決の概要
本判決は、大要、以下のように述べて、原告らの請求を認めました。
国の行った引下げについて学術的な裏付けや論理的整合性を欠いた厚生労働省独自の指数を用いて物価の下落率を算定するなどしており、厚生労働大臣の裁量権の範囲を逸脱していることは明らかである。
また、原告らが慰謝料を請求していた点についても、違法な改定を行った厚生労働大臣には重大な過失がある。過去に例のない大幅な引下げで、その影響は生活保護利用者にとって非常に重大であり、原告らは元々余裕のない生活から9年以上、さらに余裕のない生活を強いられており、国の行った引下げを取り消しても精神的苦痛はなお残る。
3 本判決が画期的であること
本件をめぐっては、上述したとおり、過半数を超える地方裁判所において引き下げが違法であるとして、原告らに対する生活保護費の減額処分を取り消す旨の判断がなされてきました。もっとも、原告らの国家賠償請求に対しては、原告らの被った精神的苦痛は処分が取り消されることによって慰謝される旨を指摘され、国家賠償請求については棄却が続いていたにも拘わらず、上記のとおり判示し、国家賠償請求についても認容した点が画期的でした。
また、本判決は、国の行った引下げが生活保護法3条に違反すると明言しており、この点も画期的なものであったと言えます。
本判決を受け、弁護団も「完全勝訴」、「司法は生きていた」という言葉も裁判所前で掲げていた。原告も感無量であるなどといったコメントをしているとのことであり、本判決が本件裁判を闘っている原告らにとってどれほど待ち望まれたものであったのかを窺わせるものであった。
4 武見厚生労働大臣の反応
武見厚生労働大臣は、本判決を受け、翌12月1日、「あの当時においては、特に九州の一部の地域などで、こうした生活保護制度というものが極めて好ましくないかたちで悪用されているケースなどが多々あり、かつまた窓口で大変大きく問題となり、窓口の職員などが大変深刻な脅威の下に晒されるということが実は多々起きておりました。したがって、こうしたことに対してしっかり対処すべきであるという考え方がまず前提にあり、こうした生活保護制度に関わる様々な見直しを行ったということが私どもの考え方です。」と述べている(以下、「本発言」という。)。
5 本発言が明らかに誤っていること
しかしながら、本発言は次に述べるとおり、明らかに誤っている。
まず、当時、九州の一部地域において生活保護制度が極めて好ましくない形で悪用されたケースが何を指すのかおよそ不明であるが、仮にそのようなケースがあったとしても、当該ケースにおいて具体的な解決を図られるべきであり、何ら無関係の他の生活保護利用者の生活扶助基準をある種、制裁的に見直し、生活保護費全体を引き下げる理由とはならない。また、実際にこのような経緯で基準改定がなされたといった説明はこれまで一切行われておらず、武見厚生労働大臣の事実に基づかない憶測である可能性が高い。
次に、生活扶助基準は生活保護利用者の需要に基づき改定されるものであり、個々の悪用云々によって改定されるべきものではない。
さらに、学術的裏付けや論理的整合性を欠いており、厚生労働省独自の指数を用いるなどという指摘からも明らかなとおり、その手順が適切なものであったとはおよそ評価し難い。
このように、武見厚生労働大臣の発言は、個々のケースの解決と保護基準全体の見直しというあまりにかけ離れた議論であり、真実、このような理由から基準改定がなされていないことは明らかであり、事実に基づかない発言であることは明白である。
名古屋高等裁判所の判決を受けて、大臣自らが事実に基づかない、生活保護制度そのものの理解にも欠けるような発言を行ったことは非常に残念である。
6 さいごに
武見厚生労働大臣には、名古屋高等裁判所の裁判官がどのような想いで本判決を下したのか、判決文を十分に読み込み、上告しないよう、関係各所と協議し、自身の発言についても改めて自身の発言を振り返り、その意味を考え、適切な言動に努めていただきたい。
以上