安保関連3文書の閣議決定と反撃能力の保有について(2023.3.6 山本勝敏会員)
第1 岸田内閣による閣議決定
昨年12月16日、岸田内閣は、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の安全保障関連3文書を閣議決定しました。
その中で、わが国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面しているとして、わが国周辺国等の軍事動向について、中国は深刻な懸念事項、北朝鮮は重大かつ差し迫った脅威、ロシアは防衛上の強い懸念と述べています。その上で、今後5年間に総額43兆円をかけて、やむを得ない必要最小限度の自衛措置として、わが国が相手国の領域において有効な反撃を行うことを可能とする反撃能力の保有など防衛力の抜本的強化を行うとしています。
第2 敵基地攻撃をめぐる国会質疑
憲法9条との関係で、わが国が敵基地攻撃を行えるかについては、過去、国会で議論がされています。
1959(昭和34)年3月19日第31回衆議院内閣委員会において、伊能防衛庁長官は、誘導弾等による攻撃を受けて、国連の援助もなく日米安全保障条約もないような、これを防御する手段が他に全然ないような場合には、敵基地を叩くことも法理的には自衛の範囲に含まれるが、このような事態は国連も日米安保条約もある今日では現実問題として起こり難く、平生から他国に攻撃的脅威を与える兵器を持つことは憲法の趣旨とするところではないと答弁しています。
第3 反撃能力と武力行使の第二要件
わが国政府による、憲法9条のもとでの武力行使の三要件は、第一要件、わが国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が発生したこと、第二要件、排除するために他に手段がないこと、第三要件、必要最小限度の実力行使にとどまることとなっています。
先に述べた伊能防衛庁長官答弁は、敵基地攻撃能力を第二要件「他に手段がないこと」との関係で述べており、少なくとも日米安全保障条約が存在する今日の状況において、他に手段がない状況にはありません。1999(平成11)年8月3日第145回衆議院安全保障委員会において、野呂田防衛庁長官は、伊能防衛庁長官の答弁は現在でもあてはまると考えていると答弁しています。
したがって、相手国の領域において有効な反撃を加える反撃能力を持つことは、武力行使の第二要件を欠くため憲法上許されないことになります。
第4 反撃能力は武力行使の第三要件「必要最小限度の武力行使」か
それでは、第二要件を満たす場合、わが国は反撃能力を持つことができるのでしょうか。
1970年代に確立したわが国専守防衛政策によれば、憲法上、自衛隊の権能は個別的自衛権のうち自衛のための必要最小限度の武力行使に限定され(前記第三要件)、集団的自衛権や自衛隊の海外派兵は認められず、保有できる武器もICBM、長距離戦略爆撃機、航空母艦など性能上もっぱら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器の保持は許されないとされています。
安全保障関連3文書中、国家防衛戦略には「有効な反撃を加える能力を持つことにより、武力攻撃そのものを抑止する。」と記載されており、抑止力とは「侵略を行えば耐えがたい損害を被ることを明白に認識させることによって侵略を思いとどまらせることをいう。」(デジタル大辞泉 小学館)とされています。したがって、抑止力となる反撃能力とは相手国に壊滅的破壊を与える能力とみてよいでしょう。
1972(昭和47)年10月31日第70回衆議院において、田中首相が、専守防衛とは、防衛上の必要からも相手の基地を攻撃することなく、もっぱらわが国土及びその周辺において防衛を行うことでありますと答弁していることとあわせ考えると、敵基地攻撃を含む反撃能力保持はわが国専守防衛政策を逸脱し、自衛権行使の第三要件を欠くため憲法上許されないことになります。
第5 結語
平成24年の安倍内閣閣議決定により集団的自衛権行使に踏み込み、翌年9月に安全保障関連11法を成立させて武力行使の三要件のうち第一要件「わが国に対する武力行使」を逸脱し、今回、岸田内閣閣議決定により、第二要件「他に手段がないこと」及び第三要件「必要最小限度の実力行使」を逸脱したことがお分かり頂けたと思います。
憲法9条違反状態をこのまま放置すると、次は邦人救出を名目にして自衛隊の海外派兵が閣議決定されることにもなりかねない瀬戸際に私たちは立っているのです。