憲法53条違憲訴訟~憲政史上初の裁判、裁判所の存在意義を問う~(賀川 進太郎会員)
※「青年法律家」595号(2020.9.25)所収
安倍政権成立から8年、戦争法、特定秘密保護法、共謀罪法、カジノ法など憲法無視、国会軽視の法案の強行採決、さらに森友・加計問題、桜を見る会、河井夫妻買収、アベノマスクにGO TOキャンペーン問題等まともな国会答弁を放棄し、追及を嫌がる。
この政権は、臨時国会召集の先送りについて、2015年は75日、2017年は98日、そして、2020年7月31日の要求に対しても自民党の森山裕国対委員長は31日、「法案をどうするか聞いていない。何を審議するかが大事だ」と述べ、安倍総理も「臨時国会については与党とよく相談して対応したい」と述べた。このように政権幹部の憲法への無理解を恐ろしいほど露呈しながら、10月下旬まで延ばすことを宣言している。もっとも、前科2犯の安倍内閣ですら、2013年には、なんと召集から20日間で臨時国会を召集している。2012年発表の自民党憲法改正草案の「要求があった日から二十日以内に臨時国会が召集されなければならない。」との規定が効いたのである。同草案のQ&Aには「臨時国会の召集要求権を少数者の権利として定めた以上、きちんと召集されるのは当然である」とまで規定している。安倍、森山両名にはこの53条改正案だけはしっかりと復習して欲しいものである。
選挙の勝利によって、憲法無視も正当化する。国民は数重なる暴挙に慣れて、選挙のときには忘れてしまう。憲法はこの状態を予期していたと思われる。憲法12条は、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、これを保持しなければならない」と規定する。憲法はその存在だけでは効力を維持できない。違憲行為を漫然と放置すれば、違憲が当然になり憲法破壊は限りなく続く。
2017年6月、共謀罪法の強行採決後、森友・加計問題で大荒れの中、強引に国会を閉会した。野党は森友・加計問題を追及すべく臨時国会召集を求めたが、安倍内閣は「国会召集をしなかった例もある」(菅官房長官)などと憲法の無理解を露呈しつつ、98日間先送りにし、形式的には召集したものの一秒も審理なしに衆議院を解散した。この暴挙に対して、髙井崇志衆議院議員を原告として国賠訴訟を計画し、2018年2月に岡山地裁へ提訴、続いて弁護士や国会議員に働きかけて東京地裁(小西洋之参議院議員)、那覇地裁(赤嶺政賢衆議院議員、伊波洋一参議院議員、糸数慶子参議院議員、及び、照屋寛徳衆議院議員)への提訴にこぎつけた。
史上初の憲法訴訟である。どの基本書をみても53条の記載はわずか数行程度しかない。資料収集や助言が必須であった。選挙無効訴訟でお世話になっている伊藤真弁護士をはじめ諸先輩弁護士との共闘、沖縄4名の原告を確保した小口幸人弁護士、国会図書館から憲法制定議会の膨大な資料の分析を行った星野大樹弁護士、並びに、長谷部恭男早大教授、高作正博関大教授及び志田陽子武蔵野美大教授という憲法学会をリードする強力な説得力のある意見書など作成していただく幸運を得た。ちなみに膨大な資料の中でみつけた憲法制定議会における金森大臣の「憲法第95條(注:現憲法99条)ニ國務大臣、國會議員 此ノ憲法を尊重シ、擁護スル義務ヲ負フト云ウコトニナツテ居リマシテ、(中略)憲法ハ國ノ中心的規定デアリ、一國ノ政治ノ根源規定デアリマシテ、大體此ノ中ニ動ク人々ハ政治道徳ノ模範トモナルベキ人々デアラオウト思ヒマスルガ故ニ、ソコマデ細カク制裁規定ナドヲ置クコトハ、寧ロ體裁ヲ得ナイノデハナイカト考ヘテ居リマス」という答弁については政権幹部には是非精読して欲しいところである。国は、訴訟の中で世界的には存在価値を失った統治行為論を持ち出してきて憲法判断無用とし、憲法66条の連帯責任規定を理由に内閣は個々の国会議員との間では政治的責任しか負わないなどと独自の理論を展開した。国の見解を支持する学者の意見書は一切提出されていない。この憲法無視の態度を裁判所が万一容認すれば、53条後段は死文化し、国会は内閣のための下請機関に成り下がり、三権分立も形骸化する。
今後、69条の内閣不信任案を決議して内閣を倒そうと意図し国会召集要求をしても、召集の延期をもって不信任案決議を回避しうる。内閣の判断のみで臨時国会が召集されるとすれば、少数派の意見は無視されてしまう。
強調すべきは「いずれかの議院の総議員の4分の1以上」という規定である。少数派の意見にも耳を傾けようというもので、多数決原理万能ではなく実質的議論を重視しようとする人権重視の現れの規定である。53条後段によれば参議院定数245人のうち62人の意思だけで、衆議院も含めて国会を開催可能となるのである。残りの衆議院議員465人、参議院議員183人全員が反対しても国会は開かれる。わずか8.7%の議員の意思だけで足りるという、まさに少数意見の尊重のための規定である。そうすると、53条後段の要求がなされた場合、内閣は、事務処理時間や国会議員の召集までの時間などを配慮して合理的期間内に召集日程を決定しなければならず、98日間もの先送りは明白に違憲である。
2020年6月10日、那覇地裁は一足早く判決の日を迎えた。「召集要求があれば内閣は召集するべき憲法上の義務があ」り、「単なる政治的義務にとどまるものではなく、法的義務であると解され、(召集しなければ)違憲と評価される余地はあるといえ」内閣が義務を果たさない場合「少数派の国会議員の意見を国会に反映させる」という憲法53条の趣旨が失われ、国会と内閣のバランスが損なわれる恐れがあるとまで判示した。ここまで読めば違憲判断ありかと思いきや、あてはめは見送り、国賠法の損害は認められないとの敗訴判決となった。
しかし、裁判所が史上初めて53条の趣旨を明らかにした意義は大きい。にもかかわらず、安倍政権は、またしても90日以上の臨時国会召集の先送りを宣言。弁護団としては、那覇の控訴審、岡山、東京での違憲判決を目指すとともに、今回の先送りについては仮に召集義務付け訴訟を計画し、改めて裁判所の使命を問いたいと思う。青法協の皆さんには絶大なる関心と協力を求める次第である。
【追記】
安倍総理の突然の辞任表明により9月16日に首班指名のための臨時国会召集決定。形式的には47日後の招集だが、あくまで政権の都合による招集である。おまけに総裁候補のいずれも53条無視には一切言及しない。懲りない面々には違憲判決の鉄槌しかない。