フジ住宅株式会社ヘイトスピーチ裁判について(2020.10.9 呉 裕麻会員)
大阪府に所在する住宅関係会社であるフジ住宅株式会社とその代表者が、自社従業員らに➀韓国人等を誹謗中傷などする内容の資料を大量に配布したこと、②会社らが指示する特定の教科書の採択を求めるアンケートの提出を求めたこと、③これが違法であるとして会社と代表者に対する損害賠償請求訴訟を提起した原告に対し、かかる訴えを誹謗中傷する旨の他の従業員の感想文を職場で配布したことが原告の人格権ないし人格的利益を侵害するとして争われた訴訟につき、大阪地方裁判所堺支部は本年7月2日付けで原告の請求を一部認容する判決を言い渡しました。
原告は韓国籍の従業員であり、平成14年に会社に採用され、以後勤務を続けていました。そうしたところ、会社において、平成25年以降、一定の期間に渡り上記➀を内容とする大量の文書を連日のように従業員などに配布するようになりました。
また、代表者は、上記②のとおり、従業員に対し、教育委員会が毎年実施する教科書展示会への参加や代表者らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケート提出を促すなどしました。
さらに、上記③のとおり、これらに対して損害賠償請求訴訟を提起した原告の行動を批判する内容の文書を従業員に配布しました。
これらの各点について、裁判所は詳細な事実認定を踏まえ、いずれについても違法であるとして損害賠償請求を認めました。企業内における文書配布の限界を明確に論ずるものであり、重要な意義を持ちます。
その判断枠組みに関して、まず上記➀の行為に対しては、本件会社がいわゆる傾向企業ではないこと、会社が労働者に対して教育を実施する権利を持つとしてもこれはあくまで労働契約上予定された範囲に限られること、したがって業務遂行と明らかに関連性のない教育の受講を強制することは許されないこと、憲法14条1項やこれを受けた労働基準法3条に照らし、労働者は国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を有していることなどを根拠として、反復継続した大量の資料配布を違法としました。
次に、上記②の行為に対しては、そもそもこれが政治活動であったと認定した上で、かかる行為を強制することは労働者に業務と関連性のない政治活動を強制するものとして労働者の政治的自由を侵害し許されないし、強制を伴わないものであっても、そもそも労働契約上予定されていないものであるなどとして違法としました。
最後に、上記③の行為に対しては、会社らに対して訴訟を提起した原告に対する報復であること、原告の裁判を受ける権利を抑圧するものであることなどを根拠として違法としました。
以上のとおり、本件については会社や代表者の行為がいずれも違法とされ、原告の損害賠償請求が認容されています。
もっとも、そもそも本件は、上記➀の行為の一部がヘイトスピーチに該当するなどとしてその違法性や責任を問う訴訟だったものの、裁判所は、これがヘイトスピーチに該当するか否かを明確にはしていません。
また、認容された損害額は110万円と低額にとどまっています。これは、長年に渡る職場内でのハラスメントに対する損害額としては極めて不当であると思います。かつ、原告が韓国籍であることからすれば被告らによる上記➀ないし③の行為が原告の尊厳を大きく傷つけることは明らかですが、この点についての配慮も不十分です。
このような損害額を認定した理由について、判決では、会社や代表者による行為が原告個人に対する直接の差別的言動や人事上の不利益扱いといった具体的な被害が生じていないことなどを根拠としています。
しかし、韓国籍の原告が会社において反復継続して自身の出自を誹謗中傷する文書を配布され続けたことからすれば、原告が直接の名宛人であろうがなかろうが、その精神的苦痛の程度は慰謝料増額事由として考慮すべきなのではないでしょうか。
以上のとおり、本件は、一私企業内部におけるヘイトスピーチに該当するような文書の継続的配布などを違法とするなどその意義は決して小さいものではありません。しかし、損害額の認定や判断枠組みには疑問も残ります。
いずれにしても本件は、控訴がされていますので、さらに高等裁判所での審理が予定されています。原判決の判断枠組みを踏まえ、より一層、被害の実態に即した判決になることを期待します。