敵基地攻撃能力の保有について(2020.9.8 山本 勝敏会員)
はじめに
本年8月4日、自由民主党政務調査会(以下「政務調査会」という)は「国民を守るための抑止力向上に関する提言」を政府に提出した。
政務調査会はその中において、弾道ミサイル防衛能力の抜本的な向上を図るために取り組んできたが、イージス・アショア配備計画が事実上廃止されたことに伴い、「わが国への武力攻撃の一環として行われる、国民に深刻な被害をもたらしうる弾道ミサイル等による攻撃を防ぐため、憲法の範囲内で、国際法を遵守しつつ、専守防衛の考え方の下、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力の保有を含めて、抑止力を向上させるための新たな取り組みが必要である。」と主張し、1956(昭和31)年2月29日鳩山内閣答弁「攻撃を防ぐのに万やむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」を引用しつつ、敵基地攻撃能力の保有について提言を行った。
専守防衛政策とイージス・アショアの関係
歴代内閣が認めるとおり、憲法前文平和主義及び憲法第9条に基づき、わが国は外国からの武力攻撃に対して自衛のための必要最小限の戦力しか保有しないという専守防衛政策を採用している。わが国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又はわが国に対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態において、出動を命じられた自衛隊は必要な武力行使を行うことができるが(自衛隊法第76条1項、第88条1項)、専守防衛政策に制約されて、敵国領土に攻め入って武力行使を行うことはできず、また、ICBM、長距離戦略爆撃機、航空母艦など性能上もっぱら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器の保持は、憲法上許されていない。そのため、専守防衛政策と整合するように、わが国領土に飛来する弾道ミサイルを迎撃するシステムであるイージス・アショア配備が計画され進められてきたものである。しかし、これが頓挫した結果、代替機能として敵基地攻撃能力の保有が政務調査会において提言されるに至ったものである。
敵基地攻撃能力の保有とわが国専守防衛政策からの逸脱
敵基地攻撃能力の保有については、わが国に対して外部から弾道ミサイル等による武力攻撃が行われ、これに対する防御として敵基地を攻撃する場合と、武力攻撃には至っていないが、外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫している状況における敵基地攻撃の場合とを区別して考える必要がある。なお、前記政務調査会提言では両者を区別して論じていないが、前記鳩山内閣答弁がわが国に対する武力攻撃が発生した場合を前提に敵基地攻撃を論じていたのに対し、この部分を省略して答弁の引用を行っており、後者を含めて提言を行った懸念がある。
後者はいわゆる「予想に基づく自衛(先制自衛)」として論じられるところであるが、国際連合憲章第2条4項は戦争を含むあらゆる武力行使を違法としており、同第51条により、武力行使が適法とされるのは、加盟国に対する武力攻撃が発生した場合において、国連安全保障理事会決議により集団的安全保障措置をとる場合、あるいは、措置をとるまでの間、加盟国が個別的または集団的自衛権を行使する場合に限られる。従って、国際連合憲章上、武力行使に至らない状況における先制自衛は違法であり、仮に敵基地攻撃能力の保有が認められるとしても、これを先制自衛のために用いることは国際法上違法となる。
それでは前者についてわが国専守防衛政策との関係で問題はないのであろうか。前記鳩山内閣答弁は1956(昭和31)年2月29日というわが国専守防衛政策が確立していない古い時期のものである。内閣答弁後、憲法第9条解釈をめぐって自衛隊の戦力について国会論戦が積み上げられた結果、1972(昭和47)年10月14日参議院決算委員会政府提出資料ほかにより、自衛隊の権能を個別的自衛権のうち自衛のための必要最小限度の武力行使に限定し、憲法上、わが国防衛政策として集団的自衛権・海外派兵を認めず、保有できる武器もICBM、長距離戦略爆撃機、航空母艦など性能上もっぱら他国の国土の壊滅的破壊のためにのみ用いられる兵器の保持は許されないとする、いわゆる専守防衛政策が確立するに至った。従って、前記鳩山内閣答弁は既に過去のものになっており、当時と比べて現在の軍事兵器が持つ攻撃性能の格段の高度化、強力化を踏まえれば、わが国からのミサイル等による敵基地攻撃は外国領土における武力行使(海外派兵)と同視できるのであって、政務調査会による敵基地攻撃能力の保有に向けた提言は憲法が要請する専守防衛の範囲を逸脱するものというほかない。
結語
わが国は憲法前文平和主義及び憲法第9条を踏まえて、安全保障に関し、専守防衛政策を採用し敵国領土に対する攻撃は認めない立場に立ってきた。
第二次安倍内閣は、2015(平成27)年9月、憲法の解釈を逸脱した解釈改憲により、安全保障関連11法を成立させて集団的自衛権の一部行使に踏み込み、専守防衛政策を大きく歪ませた。この度の政務調査会提言は、これをさらに進めて、わが国専守防衛政策が禁じた他国領土に対する武力攻撃を認めるとともに、国際法上違法な先制自衛への道を開くものでもある
よって、わが国が敵基地攻撃能力を保有することに対しては、憲法違反として強く反対する。