徴用工問題について(2020.1.29 山本 勝敏会員)
韓国大法院判決とその影響
2018年10月30日、韓国大法院は、元韓国人徴用工が被告(新日鉄住金株式会社)に対して申し立てた損害賠償請求訴訟において、被告の上告を棄却し、原告ら各自に対して1億ウォン(910万円)ずつの慰謝料を支給しなければならないとした原審判決を確定させた(以下「大法院判決」という)。これに対して、安倍総理は「1965年の日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決している。今回の判決は国際法に照らしてあり得ない判断だ。」と述べ、その後、日本政府は韓国をホワイト国(輸出優遇国)から除外し、対抗措置として韓国政府も日本との間の日韓軍事情報包括保護協定の破棄を持ち出し、以後、両国関係は訪日韓国人観光客の激減など、外交関係及び経済活動の悪化、停滞を招き今日に至る。
韓国人徴用工問題とはなにか
ところで、ことの発端となった徴用工とは、日中戦争開始後、日本国内の炭鉱や軍需工場での労働力不足を補うため、日本政府が国民徴用令を制定し、植民地である朝鮮半島から特殊技能を持つ労働者を日本に徴用する政策を推進するようになり、太平洋戦争末期、1944年8月には、特殊技能の有無に関わりなく広く一般から徴用する政策に切り替えたため、朝鮮半島から多くの労働者が日本に強制連行されて強制労働に従事させられたことをいう。戦後の1980年代、韓国での民主化闘争を経て、日本政府の朝鮮半島に対する不法な植民地支配及び侵略戦争の遂行と直結された日本企業の反人道的な不法行為を前提とする強制動員被害者の日本企業に対する慰謝料請求訴訟が日本国内において、その後、韓国国内において提起されるに至り、これが、今回、日韓関係悪化の原因となった徴用工問題である。
日韓請求権協定と徴用工の請求権との関係
歴史を遡ると、サンフランシスコ平和条約に基づき、1965年6月22日、大韓民国政府と日本国政府の間において、「国交正常化のための大韓民国と日本国間の基本関係に関する条約」(日韓基本条約)、その付属議定書の一つとして「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定」(日韓請求権協定)が締結された。日韓請求権協定2条1項は両締約国及びその国民の財産、権利及び利益ならびに請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決されたことを確認し、その中には韓国の対日請求要綱(いわゆる8項目)の範囲に属する全ての主張が含まれており、その一つが被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の弁済請求であった(5項目・協定合意議事録(Ⅰ))。
大法院判決と中国人強制連行訴訟におけるわが国最高裁判決
今回の大法院判決は、日韓請求権協定は日本の不法的植民支配に対する賠償を請求するための交渉ではなく、基本的にサンフランシスコ条約第4条に基づき韓日両国間の財政的・民事的債権・債務関係を政治的合意によって解決するものであり、対日請求要綱8項目のうち、被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の弁済請求は日本植民地支配の不法性を前提にするものでなかった等と解釈し、原告元徴用工らの慰謝料請求権は日韓請求権協定の適用対象に含まれないとして、請求権の存在及び訴訟上の行使を認めた。これに対して、戦時下、日本政府によって強制連行された中国人が起こした西松建設強制連行訴訟において、2007年4月27日最高裁第二小法廷判決は、サンフランシスコ平和条約に関し、個人の請求権を含め戦争の遂行中に生じた相手国及びその国民に対する全ての請求権は相互に放棄されたが、請求権は実体的に消滅しておらず裁判上訴求する権能を失わせたにとどまるから、債務者側において任意の自発的な対応をすることは妨げられない、日中共同声明はサンフランシスコ平和条約の枠組みと異なる趣旨ではないと述べて、サンフランシスコ平和条約及び放棄される請求権の趣旨について大法院判決とは異なる解釈を行っている。前記韓国大法院判決少数意見(2人)にも同旨のものがある。
わが国政府による日韓請求権協定の解釈
両判決とは別に、日韓請求権協定については、1991年参議院予算員会において、当時の外務省条約局長が、日韓請求権協定第2条1項において日韓両国及び両国国民間の財産・請求権の問題が完全かつ最終的に解決したことを確認し、同条3項において請求権放棄しているが、これら規定は両国国民間の財産・請求権問題について両国が国家として有している外交保護権を相互に放棄したことを確認したものであり、個人の財産・請求権問題を国内法的な意味で消滅させるものではないと答弁している。前記韓国大法院判決少数意見(3名)にも同旨のものがある。なお、外交保護権とは、自国民が外国で違法・不当な扱いを受けた場合、その国籍国が外交手続きなどを通じて、外国政府を相手に自国民の保護や救済を求めることができる国際法上の権利である。
徴用工の請求権問題は解決していない
以上に述べたように、サンフランシスコ平和条約により放棄された請求権に関しては大法院判決と最高裁判決とで解釈が分かれるものの、日本政府見解を含めて被害者個人の実体法上の請求権が消滅していないことについては争いがない。安倍総理は、「1965年の日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決している。今回の判決は国際法に照らしてあり得ない判断だ。」と発言しているが、被害者個人の実体法上の請求権が存在する以上、完全かつ最終的に解決しているとはいえない。また、安倍総理発言は従来の日本政府見解に反するほか、日韓請求権協定に関する大法院による最終司法判断という韓国主権行使に対する内政干渉ともいえる。
徴用工問題の解決に向けて
結局、徴用工問題は、日本による朝鮮半島の植民地支配について日韓両国間においていまだに認識の一致に至らず、被害者だけが救済されることなく放置されているところに本質がある。日韓請求権協定第2条に関し、韓国人徴用工の慰謝料請求権が実体法上存続している以上、加害者である日本政府は朝鮮半島の植民地支配及びその結果としての強制連行及び強制労働について真摯に反省の意を示し、改めて両政府及び加害企業並びに被害者を含めた協議を行い、基金による損害賠償などの被害者救済の道に踏み出すべきである。