カタルーニャ分離独立問題と国際法(2017.11.25 古謝 愛彦会員)
1 カタルーニャ分離独立問題
過去のコラム(コラム29)でも言及したが,1992年に夏季オリンピックが行われた州都バルセロナが有名なスペイン・カタルーニャ自治州で10月1日,スペインからの分離独立を問う住民投票が実施された。
中央政府や憲法裁判所は住民投票を違憲と判断。中央政府は投票を強制的に阻止しようと,投票所に警官隊を投入し,投票を求める住民と警官隊とが衝突,多数の負傷者が出た。
こうしたなか,独立賛成票が9割に達した(投票率は43%)。
その後,プチデモン州首相が10月10日,独立宣言をするも,その宣言の効力を凍結。州議会は10月27日,独立宣言の決議を行った。
しかし,中央政府はカタルーニャの自治権を停止し,州議会解散を決めた。
マドリードの司法当局は10月30日,プチデモン氏らに対し,「反逆」容疑の捜査を開始。プチデモン氏は現在,スペインからベルギーに拠点を移している。
以上のように,カタルーニャ分離独立問題は情勢が流動的ではあるが,現時点において,国際法の観点から,この問題を検討してみたい。
2 自決権と分離権
(1)自決権(right of self-determination)
1966年採択の国際人権規約A規約・B規約の第1条1項は「すべての人民は,自決の権利を有する。この権利に基づき,すべての人民は,その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的,社会的及び文化的発展を自由に追求する。」と定めている。
それまでは反植民地主義の観点からのみ自決権が主張されていたが,上記条項によって,統治者を自由に選択する権利,すなわち民主主義的権利として主張されるようになったり,経済の側面も登場したりと,幅広い権利として発展していくこととなった。
その後,1970年の国連総会決議2625「友好関係原則宣言」や,1975年にヨーロッパ安全保障協力会議が採択した「ヘルシンキ宣言」でも自決権は掲げられ,国際司法裁判所(ICJ)においても「人民の自決の原則は,現代国際法のもっとも重要な諸原則の一つである」と判示されるに至った(東ティモール事件(1995))。
(2)内的自決と外的自決
ア 内的自決(internal self-determination)
内的自決とは,集団がその所属する国家内部で,他の集団から支配または従属を受けることなく,自らの政治的・経済的・文化的および社会的権利が保障されるように追求する権利であると定義付けされる。
言い換えれば,人民の分離独立を認めるものではなく,「母国の領土保全」の枠内で機能する権利である。
イ 外的自決(external self-determination)
外的自決とは,集団が,その従属する主権から離れて,所属国家の外に独立主権国家として新たな国際的地位を創設したり,他の主権国家との自由な連合及び主権国家への統合を選択したり,または人民が自由に決定したその他の政治的地位の獲得を希求したりする権利であると定義付けられる。
植民地人民が独立の際の根拠としてきたのはこの外的自決で,非自治地域の人民を除いて,非植民地化はほぼ達成された。その結果,今日,外的自決が問題となるのは,所属国家全体として他の国家との連合を図る場合(例:統一ドイツ)か,独立を達成あるいは他国との統合を希求した後の主権国家の一部人民集団が,所属国家からの分離を求めて再び外的自決の権利を主張する場合で,後者の問題が分離権の問題の射程である。
(3)分離権
分離権については国際法上,全面的に認められないという見解,国際法上は否定も肯定もされていないという見解,例外的に認められるという見解に分かれている。
例外的に認められるという見解の学者は,その根拠を,1970年の「友好関係原則宣言」に求める。
同宣言は,自決権について,「人民の同権と自決の原則に従って行動し,それゆえ,人種,信条又は皮膚の色による差別なくその領域に属するすべての人民を代表する政府を有する主権独立国家の領土保全又は政治的統一を全部又は一部分割し若しくは毀損するいかなる行動をも,承認し又は奨励するものと解釈されてはならない」とする。
これを反対解釈し,「全人民の代表」といえなければ政府の正当性が失われるので,領土保全原則より自決権が優越する,と解釈するのである。
また,戦争犠牲者の保護に関するジュネーブ諸条約の第1追加議定書(1977年採択)1条4項は,「人民が,国連憲章及び友好関係原則宣言に明記された自決の権利を行使して,植民地支配及び外国による占領並びに人種差別体制に対して戦う武力紛争を含む」と規定していることも踏まえ,外的自決権の行使が認められる人民として,①植民地下の人民②外国の支配下の人民③民族・宗教的差別政権の支配下の人民―の3つのカテゴリーが考えられ,非植民地化が達成された現在,②③の人民に分離権が認められるとするのである。
(4)カナダ連邦最高裁判断
カナダ・ケベック州の分離独立問題に関して,1998年8月20日,カナダ連邦最高裁判所は,以下のような判断を行っている。
ア カナダ憲法下で,ケベック州は,カナダから一方的に分離独立する権利があるか
憲法理論は,民主主義が,その他の憲法上の価値(連邦主義・立憲主義および法の支配・少数者の尊重)と大いに関連して存在することを示している。どんなに大多数でも,民主主義的投票は,それ自体は法的効力を有せず,連邦主義や法の支配・個人や少数者の権利という原則を押しのけないし,他の州やカナダ全体の民主主義の行使を妨げない。
しかしながら,その逆の仮説も受け入れられない。カナダの憲法秩序を今後も維持し行使していくためには,分離したいというケベックの人々の明白な多数意思を無視しえない。交渉は,他の州や連邦政府やケベックの利益に基づいて,あるいは,ケベック内部および外部のすべてのカナダ人の権利,特に少数者の権利に基づいてなされなければならない(連邦政府のケベック州との交渉義務を指摘)。
イ 国際法上,ケベック州は,カナダから一方的に分離独立する権利があるか
国際法上の外的自決権は,せいぜい,①植民地状況②外国による軍事的支配など,抑圧された状況③集団が政府に政治的・経済的・社会的・文化的発展を希求する有意義なアクセスを無視された状況―のいずれかの場合にしか認められない。そして,こうした例外的状況はケベックには当てはまらず,ケベック州は分離権を有しない。
3 カタルーニャ分離独立問題へのあてはめ
(1)国家の交渉義務と内的自治の実現
分離要求地域が独立を要求した場合,まずは,所属国家には当該地域と交渉する義務が発生し,その交渉が誠実になされている場合は,その結果として,外的自決の要求が解消され,内的自決の追求に転化される。
実際,カタルーニャにおいては,これまで,カタルーニャ語が公用語と認められ,高度な自治権が認められてきた。
しかし,今般,中央政府はカタルーニャの自治権を停止し,州議会解散を決めた。そして,州指導者を訴追しようとしている。
以上からすれば,スペイン政府がカタルーニャとの交渉を誠実に行っているとは到底評価できず,力による弾圧を行っているものと言わざるを得ない。
(2)極めて例外的に分離権が認められる余地も
そうだとすれば,カタルーニャの状況は,上記カナダ連邦最高裁の「③集団が政府に政治的・経済的・社会的・文化的発展を希求する有意義なアクセスを無視された状況」に近づいてくる。
また,力による弾圧が続いた場合,国際社会が従来と同様,スペイン政府を支持し続けるか,不透明となる。一部には,カタルーニャを国家として承認する国も出てくるであろう。
そのような場合は,国際法上,例外的にカタルーニャに分離権が認められる余地も生じることとなる。
(3)まとめ
以上検討したとおり,なぜカタルーニャの人々が独立を希求しているのか,それは内的自決で解消できないのかなど,中央政府はカタルーニャの要求をくみ取り,腰を据えてカタルーニャと交渉すべきである。
過去のコラム(コラム29)でも指摘したが,カタルーニャと同様の問題は,スコットランドや沖縄にもみられる。カタルーニャの動きを引き続き注視していきたい。