国家緊急権について(2017.2.2 莖田 信之会員)
1 平成28年11月17日、衆議院憲法審査会の議論が再開された。この衆議院憲法審査会の議論状況は、衆議院憲法審査会のホームページで見ることができる。第3回の審査会では、立憲主義などについても議論されている。
2 憲法改正については、憲法9条を中心に話題になってきたところ、憲法9条だけではなく、国家緊急権についても述べられている。平成24年4月27日に出された自民党改憲草案でも98条及び99条に国家緊急権が定められている。
国家緊急権とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、国家権力が、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限のことである。
明治憲法では、緊急事態条項として、緊急勅令(8条1項)、緊急財政処分(70条)、戒厳(14条)及び非常大権(31条)が定められていたが、現在の憲法では国家緊急権は定められていない。
3 では、政府はどのように考えていたのか。
昭和21(1946)年7月15日の第13回帝国憲法改正案委員会で、金森徳治郎国務大臣が「民主政治を徹底させて国民の権利を十分擁護致します為には、左様な場合の政府一存に於て行ひまする処置は、極力之を防止しなければならぬのであります言葉を非常と云ふことに籍りて、其の大いなる途を残して置きますなら、どんなに精緻なる憲法を定めましても、口実を其処に入れて又破壊せられる虞絶無とは断言し難いと思ひます、随て此の憲法は左様なる非常なる特例を以て-謂はば行政権の自由判断の余地を出来るだけ少くするやうに考へた訳であります、随て特殊の必要が起りますれば、臨時会議を召集して之に応ずる処置をする、又衆議院が解散後であつて処置の出来ない時は、参議院の緊急集会を促して暫定の処置をする、同時に他の一面に於て、実際の特殊な場合に応ずる具体的な必要な規定は、平素から濫用の虞なき姿に於て準備するやうに規定を完備しておくことが適当であらうと思ふ訳であります(原文の片仮名を平仮名として表記)」と説明している。
すなわち、①民主政治を徹底させて国民の権利を擁護するには、政府の一存で行う処置は極力防止しなければならないこと、②どんなに精緻な憲法でも、非常であるという口実で破壊されてしまうおそれがあるため、行政権の自由判断の余地を少なくするよう考えたこと、③特殊の必要が起これば、臨時会議を召集して処置をする、衆議院の解散後であって処置の出来ない時は参議院の緊急集会を促して暫定の処置をすること、④実際の特殊な場合に応じる具体的な規定は、平素から濫用のおそれがないよう準備するよう規定を完備することが適当であることが説明されている。
4 この戦後間もない時の国務大臣の説明が適切であると思う。
国家権力が濫用された歴史的反省に基づき、国家権力に国民の基本的人権が侵害されるおそれがあるため、その濫用を防止するために国家権力に縛りをかけているのが立憲主義である。ナチスドイツや明治憲法下で緊急事態条項により人権が制限されたことを繰り返してはならない。
国家緊急権は立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置をとる権限であり、立憲的な憲法の中に憲法秩序を一時停止させる規定を設けることになってしまう。そのような規定は極力定めるべきではない。
緊急事態に関する条項を憲法で定めなければならないのか、法律で定めるのかを慎重に検討しなければならない。現在の緊急事態条項が法律でどのように定められているのか、足りないものがあれば、前記国務大臣が述べるように、法律で完備するべきではないだろうか。
自民党改憲案98条1項は、緊急事態を限定列挙するのではなく、「その他の法律で定める緊急事態」と定めており、憲法秩序を一時停止できる事由を憲法改正を経ずして国会の過半数によって緊急事態を追加できる規定となっているなどの問題点がある。
5 他の国で国家緊急権が定められていることから、日本でも国家緊急権をおくべきであると言われることもあるが、歴史や文化の異なる国の憲法をどのように参考にするのかは慎重に判断をしなければならず、多くの国が定めているから日本も、と多数決のような形で憲法を定めるべきではないだろう。
また、国家緊急権を定めるに至った経緯、国家緊急権の定め方や発動の要件は国によって異なっている。例えば、ドイツではワイマール憲法の下での反省を踏まえ、緊急事態を類型化し、それぞれの場合について詳細な要件、手続、効果等の規定を定め、抵抗権の定めもおいている。
6 また、東日本大震災を経て、本当に災害時に国家緊急権が必要なのか、緊急時に地方ではなく政府に権限を集中すべきなのかを検討すべきである。災害時には、災害対策基本法が定められている。その他にも、災害救助法、警察法、自衛隊法や大規模地震対策特別措置法などの法律も定められている。これらの法律で不備があるのか、不備がないのであれば運用面で支障が生じていないかを確認することこそ必要であり、不備があるのであれば、緊急事態が生じる前に法律を整備すべきである。