労働仮処分の申し立てにより、職場復帰が実現した事例
~労働者の思いが会社を動かした~(2016.9.2 呉 裕麻会員)
1 解雇の有効性と職場復帰の現状
労働者が会社から解雇を言い渡された事案において、労働者がその解雇の有効性をめぐり、法的措置をとったとしても、最終的な解決として職場復帰が実現する事例は稀である。
このことは、解雇の効力が有効とされた場合は当然であるが、仮に解雇の効力が無効であるとされた場合でも実は同様である。
この点について、労働者の立場からは、解雇が無効であれば職場復帰が認められて当然のはずと考える。
しかし、通常、解雇は会社と労働者の紛争や対立が激化した結果、会社が言い渡す判断であり、仮に解雇が無効だと判断されたとしても、直ちに会社と労働者の関係が改善し、対立が収束するとは限らない。
むしろ、解雇の有効性をめぐってさらに対立が深まっていることが通常であるから、解雇無効が言い渡された時点ではいよいよ職場復帰することは非現実的な状況となっている。
弁護士としては、それまでの経験を踏まえ、解雇を争う意思を持っている相談者や依頼者にこのような説明をすることが多い。その上で、職場復帰ではなく、退職を前提とした金銭解決を勧めることすらある。
しかし、この度私が担当した事件では、このような私の助言を踏まえても、職場復帰を希望し、みごと実現することとなった。
2 事案
相談者は、とあるホテルのパート従業員であったところ、業務遂行能力が低いことなどを理由として、会社から解雇を言い渡された(ただし、会社は、あくまで退職勧奨であると主張した。)。
相談者はこれを拒否したものの、翌月以降の勤務表から一方的に外されたことから、労働局のあっせんの申請を行った。
あっせんの場では、相談者はやはり復職を希望し、会社は自主退職を主張した。その結果、あっせんでの解決は不可と判断され、あっせん手続きは打ち切りとなった。
次に相談者は、あくまで職場復帰を勝ち取るために、私に相談にやってきた。そこで私は、解雇に至るまでの経緯や、あっせんでの会社の言い分も確認した上で、冒頭で述べたように「解雇を争う事案においては、結果的に職場復帰を実現するのが難しいのが実情である。金銭解決の道も考えておいて欲しい。」と助言した。
相談者はそれでも職場復帰を強く希望したことから、解雇事案における本則的な手続き順序たる仮処分→本裁判という流れの手続きをとるという方針を決めた。
仮処分の申し立て後には、担当裁判官から保全の必要性がないのではないかとの心証開示もあり、仮に仮処分決定にまで至った場合には、不利な結論となることが予想された。
もっとも、仮処分の手続きの中で、従前、復職を一切拒否していた会社の態度が一変し、復職を前提とした話し合いでの解決の余地があることが示された。
それは、仮処分の審尋期日において、双方が対席する中で、相談者から強い復職の意思や、その理由(会社の仕事が本当に好きであること)などが告げられたこともあり、会社は相談者の熱意を感じたためのようである。
突然の、そして解雇事案における経験則に反する提案に、相談者は多いに喜び、私は驚いた。
ともあれ、結果的に職場復帰を内容とする和解が成立し、見事相談者は職場に復帰することができた。
3 感想
弁護士としての経験を増せば増すほど、過去の経験、先例にとらわれた発想で事件処理をしてしまいがちである。
しかし、一つ一つの事件ごとに、当事者も、相手方も、それぞれの実情や思いはまったく異なる。弁護士はあくまで依頼者ありきである。その依頼者の思いを受け、弁護士としての力量を発揮すべきである。
そのことに加え、やはり人は理屈云々だけではなく、感情や思いによっても動かされる。今回担当した事件は、そのようなことを強く感じさせられた。同時に、解雇事案において、職場復帰を諦める必要はない、と肝に銘じた。