刑事司法改革について(2015.10.21 莖田 信之会員)
平成27年8月7日、通信傍受の対象犯罪の拡大、司法取引の導入及び取調の可視化などが盛り込まれた「刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が、衆議院本会議にて可決されました。そして同月21日参議院での本会議で審議に入りました。その後、同年9月25日、継続審査に付されました。
安保関連法制が注目を集める中、刑事司法に関する極めて重要な法案も審議されており、刑事司法が大きく変化しようとしているのです。別のコラムで通信傍受について触れましたが、以下で通信傍受法の改正及び司法取引の問題について述べます。
1 通信傍受法について
まず、通信傍受ですが、これは捜査機関が犯罪捜査をするために通信内容を盗聴するものです。現在の通信傍受法(正式名称は「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」です)は対象犯罪を①銃器犯罪、②薬物犯罪、③集団密航、④組織的殺人の4つの類型の犯罪だけに限定していますが、今回の法案では、現住建造物等放火又はその未遂、殺人又はその未遂、傷害及び傷害致死、監禁罪、詐欺罪、そして窃盗罪などの9類型の犯罪にまで対象が拡大されています。
盗聴は、プライバシー侵害が甚だ大きく、また、憲法21条2項が定める「通信の秘密は、これを侵してはならない。」にも反しております。この通信の秘密とプライバシーの侵害があるからこそ、対象犯罪を4つの類型に限定していたにもかかわらず、今回の法案では詐欺罪や窃盗罪といった財産犯にまで対象が拡大されており、これまでの4類型に比べ、盗聴の範囲が拡大されております。
そして、通信傍受の際に立会が必要であった通信事業者の常時立会がなくなってしまいます。通信事業者の立会により、濫用を防止していたにもかかわらず、改正により立会なしの盗聴が可能になってしまうのです。
2 司法取引の導入について
法案では、「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」と規定されております。修正後の条文(法350条の2)では、「検察官は、特定犯罪に係る事件の被疑者又は被告人が特定犯罪に係る他人の刑事事件(以下単に「他人の刑事事件」という。)について一又は二以上の第一号に掲げる行為をすることにより得られる証拠の重要性、関係する犯罪の軽重及び情状、当該関係する犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して、必要と認めるときは、被疑者又は被告人との間で、被疑者又は被告人が当該他人の刑事事件について一又は二以上の同号に掲げる行為をし、かつ、検察官が被疑者又は被告人の当該事件について一又は二以上第二号に掲げる行為をすることを内容とする合意をすることができる」と定めています。
この第一号には、検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して真実の供述をすること、証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること及び検察官、検察事務官又は司法警察職員による証拠の収集に関し、証拠の提出その他の必要な協力をすることが掲げられております。
この第一号に掲げる行為のうち一又は二をすることにより、第二号、すなわち、公訴をしないこと、公訴を取り消すこと、特定の訴因及び罰条により公訴を提起し又はこれを維持することや、略式命令の請求にとどめることなどが定められています。
そして修正案では、この合意に際しては、弁護人の同意が必要となり、被疑者又は被告人と弁護人の連署した書面が必要となります(法350条の3)。
この司法取引に関する条項は、新しく創設されるものであり「他人の刑事事件」について捜査や公判に協力することにより、不起訴などの恩恵を受けるものです。しかしながら、この司法取引には、自己の刑事責任を逃れるために無実の第三者に罪をなすりつける危険性があり、冤罪が発生する危険性があります。虚偽の供述をした場合などには罰則が定められておりますが(350条の15)、果たしてどこまでの抑止効果があるのか未知数です。
また弁護人の同意が必要となっていますが、被疑者または被告人を弁護する立場にある弁護人が、どのような証拠・情報に基づき同意をするのか明らかではありません。弁護人は被疑者または被告人のために弁護活動を行います。しかし冤罪は無実の第三者に計り知れない不利益を生じさせることはこれまでの冤罪事件から明白であり、防止すべきものです。弁護人にどこまでの判断を課すのか、疑問と言わざるを得ません。
司法取引は、他人の刑事事件に協力することで、自らが犯した罪につき恩恵を得るものです。自らの犯罪の責任を他人の事件に関し供述することで免れることの是非もさることながら、また冤罪を生じる危険性があるものです。